東京自宅からこんばんは。
今日は昼から杉浦日向子氏のエッセイ『江戸アルキ帖』を巡るお散歩に出かけました。
タイムトラベラーが現在の東京から江戸を訪問した紀行を辿ります。
そのエッセイの訪問時の日付を西暦に換算。
同じ季節に散歩します。
そのエッセイの訪問時の日付を西暦に換算。
同じ季節に散歩します。
その江戸お散歩の第十七回目。
今日は35mm版換算焦点距離24mmの単焦点一本で出かけました。
天明六年二月八日(1768/03/07)
新川
いつの通り浅草から散歩の起点の日本橋へ移動。
最初の目的地は日本橋から徒歩ニ十分弱の新川。
ここで大失敗!
カメラを絞り優先モードにしていたことを忘れていました。
EVFや液晶パネルを見ず手持ちでバシャバシャ撮っていたら全て露出オーバーで全滅。
まぁしょうがない。
新川は埋め立てられていますがスマホアプリ『大江戸今昔めぐり』でたどることが出来ます。
新川は諸国から船で江戸へ輸送される物資の陸揚げのため万治3年(1660)に開削された運河でした。
日本橋から永代通りを東に進み亀島川を渡って新川沿いへ。
ところが今日は東京マラソンが開催されていて道は混んでいて移動が大変でした。

メイン道路を離れ裏通りへ。
この辺に新川二ノ橋跡の碑があるはずですが発見できず。

間違いなくこの辺りにいるんですが...

碑を探すのはあきらめて新川大神宮へ。
新川大神宮では今でも酒問屋や酒造家の守護神として崇敬を集め酒樽が奉納されていました。
そこから500mほど歩くと新川の跡の碑があります。
その先はすぐに墨田川。
一旦日本橋に戻って次の目的地に行く予定でしたがマラソンの影響で道が混んでいるので直行します。
次に向かうのは
嘉永七年二月二十二日(1854/03/20)
両国広小路
ここは何回か通ったルート。
隅田川を北上すると両国橋。
目的地『両国広小路』は西両国を指すそうです。
♡那須滞在中 2025/09/17 江戸お散歩 No.002で東両国を散策しました。
今回は西両国を散策しました。
墨田川テラスを歩くともう春の景色。

両国橋の西側に到着しましたが江戸時代の両国橋とは架かっている場所が異なります。
南下して確認すると薄っすらと表示されている現在の14号線から離れています。

更に『大江戸今昔めぐり』で今いる場所をGPS表示させると広小路のほぼど真ん中に立っていました。

本来ならここで一旦日本橋に戻り駒形町に向かう予定でしたが東京マラソンで道が混んでいるので目的地変更。
両国からJRで二駅東に進んだ亀戸を目指します。
弘化三年二月十六日(1846/03/13)
亀戸梅屋敷
蔵前橋通りを進むとそれらしい風景になります。

既に16時になり写真撮影には少し不向き。


梅も少し盛りを過ぎたのかな?
でも訪問者が多く歩くのに苦労するほど。
梅をパチリ。
換算24mmの広角なので寄れませんでした。
画像をcropして拡大。
春を感じさせてくれます。

亀戸からはバスで浅草まで一本。
浅草からは立ち飲みに誘惑にも負けず(笑)、また自宅までバスで一本。
結構歩いたので少し疲れました。
明日はカーチャンはお友達と約束で昼から夕方まで不在。
那須には行けないのでトーチャンもまた遊びに行く予定です。